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■垣内 鎮夫
金属加工機械メーカーのアマダにて、工作機械販売部門長、海外事業部担当部門長(北米・欧州)、取締役を歴任。オーストリアANGER-MACHININGの日本法人を設立、代表取締役社長に就任し、自動車メーカーや部品メーカーの工程集約による製造革新を支援。現職ではイタリアBuffoli製144軸制御トランスファーマシンなど輸入工作機械を用いたターンキー生産ラインの設計・販売を統括。20社超の海外メーカーと協業してスマートファクトリー化を提案し、日本の製造業の生産性向上を推進する。

■佐藤 飛鳥
株式会社JDSC 常務執行役員COO

日本における「インダストリー4.0」とは

(佐藤)
私たちJDSCは「UPGRADE JAPAN」を掲げており、日本の製造業がもっと強くなっていくために、製造業の皆さんの悩みや課題を解決できるパートナーになっていきたいと思っています。製造業向けコンサルティングをやってきたものの、田中龍さんをはじめ、JDSCに参画いただいた現場経験の深いスペシャリスト達から業界知見を教わると、まだまだ理解が浅かったと痛感しています。例えば、工場で最新鋭の機械を見せてもらい、「精度が高い」と言われても最初はピンときませんでしたが、少しずつ理解できるようになってきました。

日本のAIスタートアップは、よくも悪くも画像検知や需要予測など、もともと数字になっているものから数字に出し直すようなものにととどまっていると思います。ソフトウェアやハードウエアの業界ときちんと連携しないと成果が出ないのではないかというのが私たちの基本的な考え方です。

昨今、ヨーロッパでは製造ラインのスマートファクトリー化や全自動化が進んでいっている一方で、日本ではいまだに人力に頼って生産しています。それ自体は悪いことではありませんが、日本流の自動化ももっと進んでいかなければならないと思います。

「インダストリー4.0」のような大きなトレンドをうまく生かしていくことで、先人達が築いたソフトウェア・ハードウェアと我々が得意とするデータ活用やAIソフトウェアがうまく連動してくるのではないかと思います。ただし、「インダストリー4.0」という概念はヨーロッパならではのものであり、単純に日本に取り入れればよいというわけではないと思いますが、日本で取り入れるとしたら具体的にどのような形が考えられるのか、お考えを聞かせていただけますでしょうか。

(垣内)
データを収集する能力は大変重要です。最先端のテクノロジーを駆使して取り組まれていることは素晴らしいですし、うらやましく思います。こういう分野で日本初として積極的に展開していければ、日本の将来も明るいでしょう。ただ、残念ながら、実際にものづくりの現場を歩いていくと、道はほど遠いと感じることが多いです。

私はアメリカで3年弱、ヨーロッパで12年ほどビジネスの経験をしました。日本人はものすごく真面目で本当に器用で、いいものを作ることについてはナンバーワンだと思います。ただ一方で、大きく捉えて何かを動かすということになると、「みんなで手をつないで渡った方が安全だよ」という意識が強く、ここに餌がなかったら他のところに行って探してやろうというハンターのようなチャレンジ精神が少ない点が残念だと思いますね。 ものづくりの現場の、いわゆる予知保全などに、JDSCの経験をもっと具体的に生かしていければよいと思います。現在の日本には、欧州の工作機械や技術を導入することに対する不安と抵抗が強くあるので、そういう壁を突き破れるような仕組みをぜひ作っていただきたいです。

画像|垣内 鎮夫氏

垣内 鎮夫氏

利益速度という考え方

(佐藤)
日本のメーカーには、欧州の先進的な機械を入れることに対して心理的なハードルがあるんでしょうか。

(垣内)
例えば、JIMTOF(日本国際工作機会見本市)は日本工作輸入協会ができる前の輸入商社の集団が作り上げたものなんですよね。当時日本は、ドイツとスイスを中心とした欧州の技術や機械を導入して、真似て、中にはそれを上回るものを作り上げたメーカーもありました。そうした歴史があるのにもかかわらず、自分たちである程度のものを作り上げてしまったおかげで、「海外製のものよりも日本で作った方が日本の文化にも合うしよいものができる」と言う人がほとんどになりました。欧州に限らないですが、海外からの内的投資を受け入れようという度量がないのですよね。

欧州では専用機の活用が進んでいますが、日本では専用機=大量生産機で変種変量には適さないというのが常識になってしまっていて、これが従来のM/Cセル方式から脱皮できない要因となっています。一方、欧州では専用機でも非常に段取り替えがし易すく生産性・耐久性・フレキシビリティが高い高効率な機械になっており、OEEを高めてトータルコストにおいて従来方式より優れたソリューションになっています。残念ながら日本では欧州のような専用システムの文化は非常に遅れていると思います。

ヨーロッパにいる時、イスラエルの大学の先生に「利益速度」という理論で体系づけられたものづくりの考え方を教わりました。彼らの用語では「プロフィット・ヴェロシティ(Profit Velocity)」という言い方をするのですが、注文を受けてから作り上げて納めてお金にするまでのプロセスの中から利益が出るわけですから、その速度をいかに速くすることを何故考えないのかと。利益速度が速いか遅いかで、国の力は決まるということなんです。

日本の量産メーカーの中には、世界でマーケットシェアをたくさん持っている企業があります。彼らはいつ注文を受けても対応できるよう、大量の在庫を持っているんです。ですが欧州の優れた企業にとっては、在庫を持つことは非効率です。受注から納品までの期間をどれだけ短くできるかというのが、彼らのものづくりの答えです。日本ではこれをいくら話しても理解してもらえません。

(佐藤)
確かに、すべてのラインナップの在庫を多く持っていればすぐに納品できるという考えになりますね。

(垣内)
生産ラインの中でも、機械と機械の間に中間仕掛かりをバッファーだと称して必ず置いているんですが、欧州の優れた起業家たちから言わせると、そこが納得できないところだそうです。「だから標準機をたくさん並べてものを作ることしか考えていない」と。彼らは今はどんどん専用機でいかに短い時間でものが作れるかを目指しているわけですからね。確かにシステムを確立するには大きな初期投資がかかりますが、トータルの利益速度を上げることを考えれば、だいたい2年から3年でROEとして答えが出ます。「初期投資の額しか考えない経営者たちが手法を改めないと日本のものづくりは滅びるよ」と言われて私も大変ショック受けましたが、それが事実です。

(佐藤)
確かに、私もいろいろな日本の会社から、プロセス間のデータの連携ができていない、仕掛かり品の在庫が見えないという話を聞くことがあります。全体の整流化が全然できていないのだと思います。ヨーロッパで利益速度という考え方が浸透しているのはなぜでしょうか。

(垣内)
単純に、材料を買ってからものを作って出すまでの時間は短い方がいいんです。そう言うと皆さん、「そんなこと言わなくたってわかってるよ」とおっしゃいますが、実際にはそういうものづくりになっていないじゃないですか。自動化というとすぐロボットという話になるんですけど、何もかも無人でやればいいというものではなく、人が介在しなければならないところは必ずあるわけです。全体をいかに俯瞰し、データを捉えた上で実態を見ることはとても大事です。人口が減り、力仕事や手を汚す仕事をする人が少なくなっているのに、なぜそういう発想に日本人はなじめないのか不思議です。皆さんはどう思いますか?

(佐藤)
各プロセスの専門家が増えすぎて、個別のプロセスを磨くことに気持ちがいき過ぎているために、プロセスを横断して見る視点が劣後されていっているのではないでしょうか。ただ、それがなぜなのかはわかりません。

(垣内)
リスクを最初に考えるからではないでしょうか。確かに専用機は早くものを作れるだろうけれど、機械が止まってしまったらどうするの?と。結局作り方を変えられない。

ヨーロッパで展示会があった際に、日本の大手のお客さんを連れて現地の自動車メーカーの工場を案内したんです。後で感想をお尋ねしたら、「ドイツ人はなぜあんなに働いていないんですか」「現場に人がいなくて、忙しそうに働いている姿も見られなかった」と言われました。そういうふうに見てしまうところも、ダメだなと思ってしまいました。もっと社会的なことを考えて、皆さんのような若くて優秀な人たちが後押しをしていかないと、日本の製造業はダメになりますよ。

(佐藤)
1人当たりGDPや1人当たり生産性でいうと、日本はドイツに4倍以上の差をつけられていますよね。日本人はよくも悪くも「頑張る」ことばかり考えていて、全体の生産性とかスループットのお金から働き方を変えていくのが苦手なんですね。

(垣内)
まさにスループットです。ビジネスはどれだけの利益が出て再投資ができるかということの繰り返しで競争ですよね。スループット会計で企業を考えていただければ、相当大きく変わることができるのではないでしょうか。

画像|(左から)垣内鎮夫氏、JDSC佐藤飛鳥、JDSC田中龍

(左から)垣内鎮夫氏、JDSC佐藤飛鳥、JDSC田中龍

日本の製造業における課題とは

(佐藤)
現在の日本の製造業には、どのような課題があるとお考えですか?

(垣内)
一つ言えることは、日本に余裕がないということです。「長く働いても給料が増えない」と10年以上前から言われています。 お金の使い方もすごく間違っている気がします。例えば政府の補助金にしても、「設備を更新するためのお金をください」と申請すれば「いいよ」とどんどん出すのに、本当に出してほしいところには出ていません。そういうお金は、大きな変革ができるところに出すべきです。

(佐藤)
政府側が上手に用途を絞り込めていないのでしょうか。

(垣内)
政府の担当者は現場を知らず、大手企業や財界人たち、あるいは大学の先生方の言うことを聞いて方針を決めています。前提が間違っているので正しい答えは出てきません。世の中を変えていける立場にある人たちがものづくりの現場を見ないと変わらないでしょうね。

(佐藤)
一般情報を簡単に検索できるようになったからこそ、深い現場理解が大事になっているんですよね。ちなみに、この20年間で欧州はどう変わってきたのでしょうか。個人的には欧州はどんどん進化しているのに対し、日本はよくも悪くも変わっていないのではないかという気がしています。

(垣内)
日本も、ソフトウェアやAIの分野では尖った技術が生まれていて、ものすごく進んでいます。 しかし、もう少しドロドロしたところになると、尖った人たちの意見が「今までの常識と違う」と言われてなかなか通らない。

私が最近一緒に仕事をしている相手はイタリア系の企業が多いです。イタリアという国は非常に奇想天外なアイディアでものづくりをする国なのです。かつて、イタリアの製造業はヨーロッパの中では軽視されている部分がありました。ミラノのEMO(Exposition Mondiale de la Machine-Outil:世界工作機械展)に行く人はいなかったんです。そのように軽視されて先に潰れたのがパリのEMOです。そのため、2年に一度だったEMOが4年に一度になってしまいました。ですが、その間にイタリアからは結構面白いものが生まれていますよ。日本で一番違うなと思うのは、みんなが楽しく仕事していることです。

(佐藤)
そうなんですか? 製造業というとドイツのイメージが強く、イタリアの方が働いている姿はあまりピンときていないのですが。

(垣内)
イタリアといってもミラノやトリノなど、北イタリアの一部です。あの狭い地域から生まれてくるものの中には非常に優れたものもあります。楽しく働いているというのはヨーロッパで共通していることかもしれません。やはりみんな、自分の主張をきちんとしますよね。お互いに意見をぶつけ合いながら一生懸命に作り上げると、周囲が評価する。評価されれば、お金だけでなく人に認められることが生きがいにもなるでしょう。そうした楽しさが彼らにはあると思うのですね。日本ではそのように楽しく働いている人たちをお見かけできる機会が少なくなってしまったように感じ、寂しいです。ですから生産性が低いし、給料は上がりません。労働力を抑えるために非正規雇用の人材を用いて、それでもだめなら製造拠点をタイやベトナムへ水平展開をしてきたという歴史があるじゃないですか。確かにドイツでも、中国が最大のマーケットになってきたのでフォルクスワーゲンなどが苦労しているということはあります。しかし日本のように人件費が安いから中国で作るという発想は、 ヨーロッパにはないと思いますね。

タイやベトナムに製造基地を持っているものづくりメーカーってたくさんありますよね。こうした工場では、日本と全く同じ手法を現地に展開しています。現地には土地が豊富にあるので、広くてきれいな工場を建てて、現地の人が日本と同じ工程でものづくりに従事しています。それで日本からマネジメントで数人が入っているという状況です。これはどうなのかなと思いますね。

(佐藤)
そういうものなのかなと思っていました。日本と同じラインを海外で作れるのもすごいと思いますし。

(垣内)
確かにそれは素晴らしいんですが、人件費を安く抑えているだけで進歩はないんです。国内の人手が足りなくて給料が上がってきているから、海外に持っていけば安く作れるというだけです。

(佐藤)
欧州では、作り方を考える生産技術の方たちが優れているということなのでしょうか。

(垣内)
生産技術だけではなく、製造の現場も日本とは違うと思います。例えばドイツには昔から、いわゆるマイスター制度があります。会社でも工場でも、学生を採用したら彼らに機械をあてがってものを作らせて、技術を教えることを必ず経験させるという仕組みです。NCなんて使わずすべて手動機なので、ものづくりの加工のコツを体感できます。

(佐藤)
日本の職人は「見て学べ」というニュアンスがあり、あまり教えてくれないですよね。

(垣内)
そこは世界共通ではないでしょうか。ミュンヘンの博物館で、昔からのベルト曲げの旋盤などがそのまま動かせるような形で展示されている所があるのですが、何人もマイスターがいて、子どもたちが来ると目の前で物を加工して削って見せるんですね。「どうやって弟子を育てるんですか」と聞いたところ、「基本的なことは教えるが、その後どう工夫すればよいかということは自分で考えるものだ。そうしないとものづくりは進化しない」と言っていました。 

以前に日本でも熟練の匠がいらっしゃって、手鏡を使って研削する加工技術を見せていただきましたが、あれを教えてくれと言ったってできません。 技術はそんなに甘いものではないんです。ただ、マイスター制度のように、企業の中で教育をして人を育てるという習慣が、特にドイツやスイスでは当たり前になっています。日本ではあまり聞いたことがありません。教育の仕組みができていないから、それが技術力の差になってしまっているのです。

画像|佐藤 飛鳥

佐藤 飛鳥

(垣内)
教育っていろんな切り口があると思います。学歴や資格も価値があるし、それを持っている方を尊敬していますが、日本では初対面の人と自己紹介する際に、会社名と名前を名乗りますよね。欧米では絶対そんなことはせず、「自分にできることはこういうことです」と自己紹介するんです。「あなたはこういうことができるんですね、素晴らしいですね。だけどこの分野では私はあなたには負けませんよ」というリスペクトが根付いているんですね。

日本もそのように、所属企業や肩書ではなく生身の接触ができれば、会う方の印象も変わるのではないかと思います。

(佐藤)
日本だと基本的にジョブローテーションしてしまいますし、生涯雇用であったりもするから、どうしても所属している組織を名乗ってしまうのですね。例えば似たような領域の専門家同士だった場合、どちらの技術が優れているのかというような対抗心はあるんですか?

(垣内)
それはすごくあります。ソフトのジャンルだと目で見えないから私には理解できないところですが、例えばものを加工するとか設計するとか組み立てるとかは、歴然と「何をした人です」と言えますのでね。

新しい形の製造プラットフォームへの挑戦

(佐藤)
現在私たちは、「ものづくりJob Shopコンソーシアム」というプロジェクトを進めていこうとしています。町工場を中心に、超絶加工の技術を持っている企業と組んで、試作品や個別生産ができる組織になっていくと非常に面白いんじゃないかと思っています。 また、従来型のピラミッド型の下請け構造を変えて、情報連携や受発注がフラットなエコシステムを作っていきたいなと思っています。加工条件や品質データのリアルタイム共有や、複数の加工工程のシームレスな連携によっても、生産リードタイムの短縮や品質安定化、そしてコストの最適化につながると考えています。

(垣内)
何をやるにも資金調達も必要になりますね。ぜひJDSCさんがロビー活動をしていってください。現場を知らない政治家の先生たちにも働きかけて、本当に必要なところに助成金も出るようになるといいですよね。

(佐藤)
面白いメンバーが集まって掛け算できるのが 組織の意味だと思います。私も、自分が何できるのか、何をミッションとして生きているのかということを考えて、世の中にアピールしていきたいと思いました。

(垣内)
ぜひ、皆さんの力で世の中を変えていってほしいです。本当に夢があると思いますよ。

画像|ものづくりJob Shopコンソーシアム事務局メンバーと。(左から)JDSC佐藤飛鳥、JDSC益本佳代子、垣内鎮夫氏、JDSC田中龍

ものづくりJob Shopコンソーシアム事務局メンバーと。(左から)JDSC佐藤飛鳥、JDSC益本佳代子、垣内鎮夫氏、JDSC田中龍

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